日本の名画家

画家、エッセイストの宮迫千鶴さんについて

宮迫千鶴作

 

宮迫千鶴さんは、1970年代の終わりから80年代にかけて、団塊の世代の女性たちのオピニオンリーダーとして活躍した才媛です。昭和22年10月1日に広島で生まれ、20代から独学で絵画制作をはじめ、美術、写真評論、女性論や家族論、文化論を展開しますが1992年には画文集緑の午後で世界で最も美しい本展の銀賞を受賞しています。

 

絵画は自然をテーマにして明るい色調の豊かな作品は海外でも高く評価されています。絵画制作の円熟期であった2008年6月突然のリンパ腫で他界します。没後4年をへて、ワクワク描いた人生の午後という展覧会が池田20世紀美術館で開催されました。

 

画家で評論家、エッセイストでもあった宮迫千鶴の7二つの世界を回顧するもので、全著書48刷と絵画、オブジェなど美術作品約70点が展示されました。

 

宮迫は父親のガンの看病をする二年間に手当り次第にガンに関する民間療法や、東洋医学の本を購入し、別れや死についての本、死後や転生の本、ジャーマニズムや精神世界の本など片っ端から読み漁ったといいます。

 

そして、西洋医学一辺倒の考えから、すっかり変わってしまったというのです。それから、伊豆高原へ移住します。東京に比べて伊豆高原の光はとても明るく強烈、海に反射して照り返すまばゆい光、雑木林の中を潜り抜ける風の音、若葉や夏草の匂いなどに触れているうちに、自然の中でできる野菜などの生命の尊さに気付いたということです。

 

伊豆高原に来て、人は住む土地の力に左右されるということを実感したと言うことが、描く絵に使う色まで明るく透明になったと人から言われて判ります。宮迫は父親の思い出の中で、これからは男女平等の社会になるから、女も手に職をつけて自活しないといけないと口癖のように言われたと言うことを語っています。

 

アトリエでボサノバやサンバ、サルサなどのリズミカルなラテン音楽を聴いて一人で踊りながら絵を描くのだそうです。自分のアトリエの庭で、花や野菜に囲まれて、土のそばにいる時が幸せという時間は充実した時間であったと想像します。

作品について